この記事を執筆していた当初は、最高気温が30度を平気で越える夏の暑い日。
子どもは外で遊ぶべきだと言われますが、
さすがにこの暑さの中外で遊ばせるのは怖い気もします。
大人も、できるだけ室内で過ごすべきな気温です。
外出するときは、こまめな水分補給をしてね!
家の中でゲームをしたり、動画を見ることも悪くはないですが、
本の世界に入って、想像力を働かせながら本の中の登場人物と旅をしてみませんか?
今回紹介するのは『ドリトル先生航海記』です。
言わずと知れた名作古典なので、多くの翻訳版が存在します。
その中でも、名訳として名高い井伏鱒二訳の『ドリトル先生航海記』を紹介します。
『ドリトル先生航海記』はこんな本
あらすじ
『ドリトル先生航海記』は、先生、少年、人間や動物の仲間たちとともに、ある島を目指して航海に出ます。
ところが遭難してしまい、漂着した島で冒険することになってしまいました。
果たしてドリトル先生たちは、元いた町に帰ることができるのでしょうか……。
訳者・井伏鱒二
井伏鱒二先生は主に昭和の時代に活躍した、日本を代表する文豪の一人です。
代表作に『山椒魚』『黒い雨』などがあります。
有名な「さよならだけが人生だ」という言葉は
井伏鱒二先生が于武陵の漢詩「勧酒」の一節を訳した言葉だよ
なぜ、井伏訳、岩波少年文庫版なのか
ドリトル先生航海記、言わずと知れた名作ですが
わたしは大人になって初めて読みました。
名作に、一度は触れておかないと……そう思ったのです。
ありがたいことに
さまざまなレーベルで翻訳本が出版されているので、迷ったわたしは、文体で選ぶことにしました。
数多くある翻訳から、わたしが井伏鱒二先生バージョンを選んだ理由をお話します。
『ドリトル先生航海記』を選ぶ際の参考になれば幸いです。
井伏鱒二先生の『ドリトル先生』を選んだ理由
井伏訳の『ドリトル先生航海記』は1960年に第1刷が出版されました。
つまり、書かれている文章は64年前に使われた日本語ということです。
(版を重ねるごとに書き直しはあったと思われます)
こう聞くと難しい本なのかな?と思うかもしれません。
たしかに今ではほとんど使われない言葉、言い回しが多く登場します。
もうせん私の書いた『ドリトル先生アフリカゆき』の物語は、ずっと前に先生を知っていた人たちから、そのころのいろいろなできごとを、あとになって、私がきいて書いたお話です。
ヒュー・ロフティング.ドリトル先生航海記 岩波少年文庫022(訳 井伏鱒二).岩波書店.2022,p.9
「もうせん」って?
「ずっと前」という意味だよ。
この場合「ずっと前に私が書いた『ドリトル先生アフリカゆき』の物語は…」
ということだね
「今から新しく読む人は、今の時代になじみのある言葉遣いを読んだ方がいい」
という声もあると思います。たしかにその意見も間違いではありません。
しかし、昔の言葉で書かれていたからこそ、わたしは最終的に井伏鱒二訳を選びました。
古めかしい文体に"良さ"を感じた
そもそも、原著『The Voyages of Doctor Dolittle』が1922年に出版された古いお話です。
なので、昔の人のような話し方・語り口の方が
当時の雰囲気も込みで訳されているような感じがして、個人的に好みだったのです。
「どんな航海でも、ついてゆきたいんです。先生だって、捕蝶網や帳面を持ってくれるものがいれば楽でしょう?」
ヒュー・ロフティング.ドリトル先生航海記 岩波少年文庫022(訳 井伏鱒二).岩波書店.2022,p.86
「ただ古い」わけではなく、当時評価されていた文豪による文章です。
文章としての読みやすさ、文体の心地よさがあります。
口コミで言われるほどの読みにくさは、個人的には感じませんでした。
音読したときの心地よさ
これはちゃんと説明することができなくて、本当に感覚でしか言えませんが、
言葉の響き・リズム・言い回しが個人的に気に入っています。
音読したときの言葉の響きの豊かさ、さすがだなと思いました。
作者本人による挿絵
『ドリトル先生航海記』は、作者ヒュー・ロフティングが書いた絵を挿絵に採用しています。
シンプルで、素朴な絵柄。
作者本人による絵の素朴でやさしい雰囲気は、ドリトル先生の人柄そのものみたいです。
スタイリッシュで今どきのかわいらしい絵でも、作品は十分魅力的になると思いますが、
現代社会と離れたデジタルの影がない空気感、すべてを描写しない描き込みが、
非日常の冒険感とマッチしていると思いました。
以上が『ドリトル先生漂流記』井伏鱒二訳版の紹介でした。
あつい夏は本読も!
補足:差別的な表現について
『ドリトル先生』シリーズは名作ですが、
現代の価値観から見たら差別的だととれる表現があります。
原著『The Voyages of Doctor Dolittle』が書かれた時代は、
まだ黒人差別に対する意識が低い時代にありました。
こちらの挿絵の右側にいる人物は、黒人の青年バンポです。
白人であるドリトル先生やスタビンズ少年がかなり簡略化された人間に描かれているのに対し、
バンポは黒人のステレオタイプ的な特徴をかなり誇張して描かれていることがわかります。
しかし、黒人である彼は
作中で完全に非人間的な、ひどい扱いをされているわけではありません。
彼も立派なドリトル先生の友人であり、旅の仲間として扱われています。
ある場面ではドリトル先生たちと共に大活躍するなど、頼もしい一面も見せます。
とはいえ差別的な描写がまったくされていないわけではありません。
今まで、その描かれ方を巡って抗議や議論があったことは確かです。
「黒人は…」と、ステレオタイプな差別的描写は、本文中にもあります。
差別的な描写の是非については、
岩波少年文庫版『ドリトル先生航海記』の最後392ページ『読者のみなさまへ』にて
差別的な描写を改変することが、人権問題の解決への態度として適切ではないと書かれています。
学生の方、小さいお子さんに読み聞かせる方は、そのことに注意してお読みいただけたらと思います。